舞台『川辺市子のために』を観て
演劇の神様がいた。そんな気がした。
何もかもが上手く噛み合い、流れるようで、それでいて程よい重みのあるそんな演劇だった。
描かれるものは誰かにとっての本当のこと、切実なことであり、観たあとには呆然とするしかなかった。
演劇でしか伝えられない何かがそこにはあった。
本演劇を私が知ったのは映画『市子』を観たことがきっかけだ。映画『市子』の原作が舞台『川辺市子のために』という関係だ。
映画『市子』はミステリー的な展開が観ていて面白く、きっちり作られた映像も凄かった。
映画を観たの24年の1月だったが、調べたところ上映記念として舞台の方の再演をしてくれるとのことですぐに予約した(キャンセル待ちだったが、何とか取れた)。
内容は映画、舞台共に設定と大筋は共通している。離婚後300日問題で無戸籍になった川辺市子が、無戸籍であるが故に生じる歪みの中で、生きていく様を描いた物語である。
川辺市子が失踪したところから始まり、刑事が失踪を追うが調べると川辺市子という人物は無戸籍で、社会的には存在しない人物であることが分かる。そこで刑事に集められた彼女を知る人物たち ━恋人、友人、同級生、家族など━ が「彼女はこうだった」という証言を各々していくことで、存在しないはずの川辺市子の人物像が少しずつ浮かび上がっていくといった筋だ。
観客は彼女を知る人物の視点からのフィルターがかかった川辺市子を観ることになる。視点によって市子が懸命に生きているように見えたり、悪い女のように見えたり変わっていく様が面白い。
さて、もちろん期待して観に行ったのだが、観て本当にびっくりした。普通の「あー、よかったー」の感動では無かった。何かが掴まれて、ただ呆然とするしかないそんな風だった。
演劇を作る過程では泥臭かったり、大人の都合など多少なりとも生じたりするものだと思うが、そんなことは関係なく、純粋に演劇で描かれるべきもの、嘘がない純粋なものを観せてもらった、そんな気持ちになった。
本当にスゴい何かを観たとき、人は何も言葉を発せられなくなるんだと思う。まさにそんな感じだった。
全体を通して凄く丁寧に作られた演劇のように感じた。私ごときが言うのもおこがましいが、どこにもネジの緩みが無くキュッとちゃんと締まった感じで観る人に手に汗を握らせていたように思う。
素舞台で行われる演劇はどのシーンも自然で、なおかつ演劇で伝えられる力強いやり方で物語を伝え続けてくれた。
一番の見どころは何といってもラストの後藤(刑事)が推理を語るシーン、それに続く市子と長谷川(市子の恋人)の二人の掛け合いと、市子の長いモノローグだ。
川辺市子は何故長谷川との幸せな時間を捨ててまで失踪しなければいけないのかが後藤によって明かされ、しかしながらその捨てるものがいかに市子にとって大事なものであったのかが二人の掛け合いで示され、捨ててもなお生き続ける市子の心境がどのようなものであるか(それまでのシーンとは異なり、おそらくは市子の視点を通して)モノローグで語られる。
後藤の推理シーン、市子と長谷川の掛け合いは、市子のモノローグを力のあるものにする外すことの出来ないすごく良いシーンだったように思った。
今回舞台を観て感じたのは、上手くいった舞台のモノローグは映画以上に力がある、ということだ。
力のあるモノローグシーンは映画でももちろんあると思うが、演劇と決定的に異なる点が一つあると気づかされた。それは映画の方は絵の飽きが来ないように画面を切り替えて行かねばならないことだ。これは演劇ではやる必要がない。というよりモノローグなのだから、舞台には役者が一人いるだけだ。観客は画面が切り替わらない状態で役者の方へと目線を固定し、役者の台詞と演技へ高い集中力を発揮できる。
自身の台詞と演技を頼りに語っていく役者さんは大変だろうが、本作では大浦千佳さんが市子としてその役を見事務められていた。独特な緊張感があり、劇場は舞台でしかできない空気感に包まれていた。すごいとしかいいようがない名シーンだった。本作は素舞台だし観客から観たら本当に役者だけな訳で、その中で生まれた奇跡の時間だった。
この舞台で使われている音楽がまた良かった。心に響く旋律であり、長い間耳残りして余韻に浸らせてくれる音楽だった。
役者の放つ台詞が歌詞と錯覚するくらい、演奏と台詞がシンクロする形でタイミングが合わさり、一つの作品を作っていた。この音楽と一緒に台詞をいうのはなんだかカラオケみたいな感じで気持ちよさそうだなー、とかちょっと想像をした。
照明も素晴らしかった。素舞台であるので、観客にどのようなイメージを抱かせるか、照明が担う役割は大きいと思うが、素敵だった。照明だけで観客を色んな場所に連れて行ってくれた。
踏切の前、暑い夏の日差しの下、夕日の窓ガラスの前、そして長谷川と市子の再会と別れ。シンプルだけど効果的できっちり伝わる、そんな照明だった。
劇団や現場のことはもちろん私には分からないが、役者さん含め非常に良好なチームの下で作ったようなそんな演劇のように思えた。
映画『市子』と舞台『川辺市子のために』の関係で面白いのは、舞台の作・演出と映画の監督を同じ戸田彬弘さんがやられているということだ。
舞台の作・演出と映画の監督が同じというのは無いことは無いが、かなり少ないように思う。
主宰の戸田さんを始めとしてチーズtheaterの方々は、舞台でしか出来ないことを丁寧にとことん追求してこの舞台を上演してくれたのだと、そう感じた。
当パンにはもう舞台『川辺市子のために』は今回で最後にすると主宰の戸田さんの言葉があった。 願わくは、以前の上演を観たかった思いもあるが、私は最後に観ることができて幸運だった。


わんこそばのお気に入りラジオ
ラジオはいつだってすぐそばに居てくれる、私にとってはかけがえのない存在です。
聴き始めたのは3,4年くらい前でしょうか。それ以前はほとんど聴くことはなかったのですが、何の気のなしに聴いた番組がとても面白く、それをきっかけにほぼ日課(2日に1回は何かは聴くくらい)になりました。
ラジオを聴くと心が落ち着き、笑えて、とても楽しくなります。
ここでは素敵な番組をいつもありがとうございますという気持ちを込めつつ、普段聴いている番組について感想を書いてみます。
番組1. 問わず語りの神田伯山(TBSラジオ)
※伯山さんは襲名前の名前は松之丞さんでした。ここでは全て伯山さんと記載をします。
ラジオを定期的に聴くようになったきっかけをくれた番組です。
とにかく話が面白い。ひとり語りの天才、伯山先生の光り方がハンパではないです。
もしも、面白おかしくひとり語りをする教科書があったとしたら、実践例として収録されるに違いないトークがこの番組にはたくさん詰まっています。
講談師の伯山先生が毎週身の回りで起きたことを話してくれるのですが、その語り口が魅力的で、きれいに笑いの型にはめて笑わせてくれるんです。
スポーツでも楽器でもいいんですが、教科書ってあるじゃないですか。ラケットの振り方でも、ピアノの弾き方でもいいんですが、別に教科書から外れても出来るし、うまくやれたりもするんですが、一番うまい人って何だかんだ教科書通りにやってたりするじゃないですか。教科書から外れちゃうとあるところまでしか上手くなれなくて、教科書を突き詰めた先に一番うまい人がいるというか。
それでいうと、伯山先生は突き詰めた先にきっといるんです。
伯山先生だったらどんなくだらないことでも面白く喋ってくれるに違いありません。圧倒的に面白いです。
そして、話される内容は本当のこと、普通の人なら社会の中では胸の中にしまってしまうようなことです。
人間関係の中で優しさという皮を被ってただ面倒ごとが嫌だからお互い心にしまっていること、言っても伝わらないと思えばこそ言うのを諦めてしまうようなこと、それをどういう訳だかぶち撒けてしまうのが伯山先生です。
ぶち撒け方もただ単なる不満不平を垂れ流すことは絶対しなくて、ちゃんと筋が通ってて大人そのものでカッコいい。
聴きながらそうだそうだ、同じことを思う人が世の中にちゃんといるんだと実感することができます。
少し毒っ気があるので、初回は耳が慣れずに多少の拒否反応がでるやもしれません。でも2,3回聴けばきっと慣れます。
そして慣れると本当に毎週が楽しみになる、そんな番組です。
印象的だった回をいくつかご紹介します。
印象に残った回① 「カミさん」「出て行った」「どうすればいい」で検索!
伯山先生のカミさんが家出したときの話。
実際に起きていることはシリアスながら、こんなに面白く笑い話に変えられるんだととても感動しながら聴いていました。
聴いていたのは私が車の免許の更新をしに免許センターに行っていたときで、長蛇の列に並びながら聴いていたのですが、あまりに面白くて周りの注目を引いてしまうくらいふいてしまったのを覚えています。
カミさんに出て行かれた伯山先生は、周りに相談したり、知恵袋で同じような人がいないか検索してみたりと焦りまくるのですが、すごい頻度で笑いを入れながら語ってくれます。
近しい人と派手に喧嘩になったときには、この回を思い出せばネガティブな感情があっても自分に同情なんかせず思いっきり笑いに変えながらちゃんと向き合える、そう思わせてくれる回でした。
印象に残った回② 「飛鳥ちゃんお疲れ様!「齋藤飛鳥卒業コンサート2日目」を語る!」
アイドルである齋藤飛鳥さんの卒業公演に行ってきた話。
伯山先生がプレゼントとして齋藤飛鳥さんに現金を渡して困惑されるシーンが笑えます。聴けば分かるのですが「現金」の発音の仕方が私はツボでした。
ただ一番の大事なのは真面目な部分で、卒業公演がどれほど盛り上がっていて、卒業にあたりアイドルとしてどう有終の美を飾ったのか、伯山さんから見えた齋藤飛鳥さん像が聴き所です。本音のようなものも伝わるラジオらしい回であるように思いました。
印象に残った回③ 「矢野誠一さん」
演芸評論家の矢野誠一さんが伯山先生の講談を聴きに行って朝日新聞に載せた論評記事の内容に対し、伯山先生がブチ切れるという回。
この回、伯山先生の熱量がすごいです。
ふざけるな、なんだあの記事は、ちゃんと論評しろと公共の電波で堂々と悪口を言い続けます。語りが熱ければ熱いほど情熱を感じるもので、ブチ切れる伯山先生から講談に対する熱くて真剣な想いを感じることができます。
また、悪口を言い続ける回ではあるのですが、どこにも暗いジメジメした意図は感じられないですし、かつ全部笑いに変換して喋っているので聴いていて全然心地悪くなりません。
この放送の枠の外ですが、後日伯山先生と矢野先生が和解して、伯山先生の襲名披露パーティー矢野先生がいらしたそうです。
そつなく互いを傷つけ合わずにいるのではなく、情熱的に真剣にぶつかり合う。そういった光景は現代では徐々に失われつつあるもののように思えます。損とか得を超えて、大事にしているものについて真剣な思い表明するのは決して悪いことではないよねと思わせてくれる感動的な放送回でした。
印象に残った回④ 「ボスざるベンツ」
この回は他と毛色が異なり、全体を通してボスザルのベンツの物語になっています。
大分の高崎山が猿山になっていて、ベンツはそこにかつていたサルです。ベンツが猿山で大将になり、あることをきっかけに大将の座から転落。下積みからやり直し始めて、また這い上がってもう一度大将になるという波乱万丈の生涯を語ってくれます。
伯山先生の語りを聴いていると情景が本当に目の前に浮かぶようで、物語にどんどん引き込まれます。小学生のとき面白い紙芝居を聴かせてもらって夢中になっていくあの感じです。講談ではないのですが、伯山先生の講談師らしさを感じたように思いました。
あと、途中サルの物語に、サル山の飼育員さんと当時ハッピーメール事件で話題になった米山新潟県元知事が乱入する場面があり、ここはもはや芸術性を感じるほど喋りがスゴかったです。
またもう一度同じように物語っぽい内容の回を聴きてみたいです。
番組2. NISSAN あ、安部礼司~BEYOND THE AVERAGE~(Tokyo FM)
Tokyo FMで18年続いているご長寿番組。大好きな番組です。
1時間のラジオドラマで、放送の冒頭に毎回入る紹介文句は、
「この物語は、ごくごく普通な昭和生まれのサラリーマン・安部礼司がトレンドの荒波に揉まれる姿と、それでも前向きに生きる姿を描いた勇気と成長のコメディである。昭和、平成、令和と時代を超えたグッドミュージックとともに日曜日の黄昏時をお楽しみください」
この番組には大きく二つの魅力があると思います。
一つは、普通の人のドラマであることです。
番組では普通、平均をキーワードにどこにでも居そうな人が出て、どこにでもありそうな会社がメインの舞台になっています。そして大部分の話は誰もが体験し得ることをベースにできています。巨大な悪の存在も、宇宙人も、スナイパーも出てきません。
舞台の会社はイケイケで成長している訳ではないけれど中堅の規模で、仕事を続けていれば少しずつ昇進できそうなそんな会社です。
要するに普通の人が普通の環境で普通のことをするドラマです。
でもその中で登場人物が直面するトラブル、悩みを、お互いが共有し、行動を起こして助け合うところが感動的です。偽善ではなく、面倒くさいもんは面倒くさい、損をするなら出来ない、そういう現実はありながら、その中でも関わり合って進んでいきます。それぞれの立場を持った人間が、少しの勇気を持てばできる思いやり、行動を現実的に描いているのが心にしみます。
そして、このドラマには「普通」と「尊さ」が存在しているように思います。それは多くの人が共感できる等身大の存在として登場人物を描くという意味の「設定の普通」と、登場人物の行動と言葉を通して描かれる「思いやりや利他といった、人として普遍的に尊ばれる何か」です。
番組を聴いていると本当に心動かされることが多いのですが、それはスーパーマンではなく普通の人が尊いことをするからこそであり、そうであるからこそ多くの人を感動させ続けているのだと思います。
さて、話を戻してこの番組の二つ目の魅力はというと音楽です。音楽の選曲と入れ方がとても素晴らしいです。
ドラマで起きた出来事に対して、歌詞の一致度が高く、話の流れと曲調が合っているのをバッチリと入れてくれます。音楽の力で話がどんどん勢いづいていきます。
こんなシチュエーションに持ってこられる曲あるんだ、という驚きもあり、毎回聴くのが楽しみです。
例えば、「忘れ物をした人が怒られてオドオドする」みたいなわりとピンポイントな設定でも、この番組だとちょうどそれに合った歌詞と曲調を持った音楽を持ってきてくれるように思います。もしかすると音楽を持ってきた後に台本を書いているのかもしれないですが、どっちにしてもピッタリした曲が来てノリノリになれることには変わりありません。
あと、番組を聴いてると毎回10曲弱の音楽を聴くことになるのですが、新しい音楽を耳に入れるという意味でも自分には良いです。
新しい音楽を自分から探すのはそれなりにエネルギーが必要なので、放っておくと同じ曲ばかりを聴きがちになってしまいます。でも新しい音楽を入れていかないと耳が駄目になるというか、音楽的に死んでいくような気がします。なのでこうやって他の人が選んでくれた曲をポンポン耳に入れられられるのは自分にとっては大事なことになっています。
また、昭和、平成、令和から幅広く名曲を選んでくれるので同世代以外の人がどういう音楽を聴いていたのか知ることが出来るのもいいかもしれません。世代が違う方とカラオケを一緒に行くときの楽しみが増す感じですね。
この番組は音楽を使っている関係かアーカイブ配信が無いようです。radikoで毎週最新話だけは公開されているのでそちらで聴くのが一番オススメです。
にradikoへのリンク、そして人物関係図を含めた豊富なコンテンツがあります。
また、下記は番組が宮崎に出張して公開録音した際のもので、これはアーカイブ配信がありました。
普段とは異なる放送回で、おそらく使える音楽に普段より制限がかかっている状態なのですが、雰囲気は分かりますし、楽しい回だと思います。
最後に、これを書いているときに聴いた放送回(『安部礼司って、何者?』 2024年1月21日 17時~)で「普通」について言及されているセリフがあって、それをつけて紹介を終わります。(『』内が安部礼司のセリフ)
「私はずっと普通が何なのかわかりませんでした。小学生のとき私の普通はみんなの普通と違いました。ショックでした。だから自分を騙してみんなの普通に合わせました。それはとても苦しかった。悲しかった。辛かった。でも、この会社に入って最初の研修で、ある先輩が言ってくれたんです。『僕の普通と大野さんの普通は違っていいんじゃないかな。基本的にはね。でもね、もし、もしもね。奇跡的に僕の普通と大野さんの普通が一致したとき、それはもう幸せ以外の何者でもないよね。誰かと一緒に生きるってそんな奇跡的な同じ普通を探す旅、なんじゃないかな。』(後略)」
わんこそば